東地中海世界の
考古学と歴史
The Archaeology and History of
the Eastern Mediterranean World
番 外 編
エン・ゲヴ発掘


エン・ゲヴにまつわる地名いろいろ 

    地元キブツの人びとからエン・ゲブにまつわる地名の話をいくつか伺った。確認をとるべきものもあるかもしれないが、あくまで地元に伝わっている話として記しておくことにしよう。


ヒルベト・エル・アシェク Khirbet el-`Asheq
    遺跡のアラビア語名。娘が明かりを灯して恋人を待っている。男は舟に乗って会いに来る。明かりは待っている場所を知らせるためのもの。しかし男はやってこない。次の約束の日もやってこない。舟が遭難して男は死んでしまっていた。そういう筋の悲恋物語に由来する地名だそうだ。`asheq (あるいは `ashiq) は「恋人」の意。 

ギヴアト・ナフタリ Giv'at Naftali

    「ナフタリの丘」── キブツでは遺跡丘をこう呼ぶこともある。キブツのメンバーにナフタリという名の写真家がいた。アラブとの対立がまだエン・ゲヴ周辺でも激しかった頃の話。ある晩、数人の仲間と見張りに立っていたナフタリは用を足しに持ち場を離れた。しばらくして一緒に見張りをしていた仲間が闇の中の人影に気づく。誰何しても返事がないので、銃で撃った。その人影はナフタリだった。どうして返事をしなかったのかはわかっていない。酒に酔ってでもいたのだろうか。発掘中、遺跡丘の上に建っている粗末な小屋を道具置場に使っていた。写真家ナフタリはあの小屋を暗室として使っていたのだそうだ。

「エン・ゲヴ」というヘブライ語名の由来

    「エン・ゲヴ」という名は現代の地名であり、聖書はもちろん、どの古代文書にも登場しない。ヘブライ語での意味は「水たまりの泉」とでも訳したらいいだろうか。しかし、この名はこの意味とは全く無関係のアラビア語に由来するそうだ。
    キブツが建設されるずっと以前、あの辺りは「ア・ネケブ a-Neqeb」とアラビア語で呼ばれていた。「ア」が冠詞で、「ネケブ」は「道」といったような意味(アラビア語については未確認)。村などの地点を指すのではなく、ゴラン高原が迫っているガリラヤ湖東岸の細い平地を指す地域名── つまり、「ゴラン高原に上っていくまでの道」というようなことを意味していたのではないかという。 それがいつしか「アン・ケブ an-qeb」となり、「アン・ゲブ an-geb」「エン・ゲブ en-geb」と変わっていった。すでにアラビア語の段階で本来の意味を失っていたらしい。
    キブツが建設され、名前をつけるという段になって、この名が採用されたが、不都合なことがひとつあった。アラビア語をそのままヘブライ語に音写すると「エン」の「エ」はアレフという文字になり、そのままではヘブライ語で「ない」という意味になってしまう。「ゲヴ」はヘブライ語では「水の溜る窪地」というような意味。つまり「水がない」というような連想が働くことになり、水不足に悩ませられるような不吉な名前になってしまう。水が貴重なこの地域では誠に好ましくない。そこでアレフを同じように聞こえるアインという文字に変え、「エン」を「泉」の意味になるようにした。「水の溜る窪地にある泉」── 誠にもって好ましい。

    「こういうわけでエン・ゲブという名になったのだ」という話をキブツの人に伺ったのだが、後日ある論文を読んでいたら、エン・ゲヴ周辺の地図が付されており、エン・ゲヴの北3kmほどのところに「ア・ヌケイブ a-Nuqeib」というアラビヤ語の名が記されていた。地域名ではなく、ある地点の名前として。これが何を意味する地名なのかは地図からも論文からもわからない。その論文は1960年代の状況を反映していると思われるが、手持ちの別の地図をいろいろ見てみても、それと思しき地名は見当らない。この「ア・ヌケイブ」がエン・ゲヴの語源になっているとした方がもっともらしいように思うのだが。機会があったら「ア・ヌケイブ」について訊いてみることにしよう。



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